オーケストラのオーディションの話~RAI編~
この記事では、私が体験したオーディションの話をまとめています。
私が今働いているRAIのオーディションにどのようにして挑んだか、書類的な話も含めて説明したいと思います。
オーディションのシステム等、イタリア独自のシステムを採用していたり、日本や他の国との違いもあり、もしイタリアのオケを受けたい、興味があるという方の為の参考にもなればと思っています。
RAI国立放送交響楽団
RAI国立放送交響楽団(Orchestra Sinfonica Nazionale Della RAI di Torino)は、トリノを拠点とするイタリアの国立放送交響楽団です。
以前の記事で簡単にご紹介しています。
ずっと前にはRAIのオケはミラノ、ローマ、ナポリ、トリノと四つありましたが、統合されて現在はトリノのみとなっています。
放送響なので毎回の定期演奏会はラジオで放送され、いくつかの公演はテレビ放映も行われます。
トリノで勉強していた私は勿論定期会員で、毎週通っていました。
イタリアに来て間もない頃、音楽院の入試が終わる前に初めてRAIの演奏を生で聴いたのは今でもよく覚えています。
9月だったのでシーズン前で定期公演ではなかったのですが、9月は毎年ミラノとトリノでミート・セッテンブレ・ムジカ(MITO settembre musica)という大規模な音楽祭があり、そのうちの最も重要な公演の一つとしてRAIの演奏会が行われました。
プログラムはリムスキー・コルサコフのシェエラザードでした。オケの厚みと音の明るさと特に弦楽器の繊細さが特徴的で、こんないいオケがトリノにあるのだと聴いて初めて思いました。
尚、RAIのオケに対する評価は人によってかなり差があり、頻繁に足を運び、実際に演奏した私が思う事は、全体のクオリティは高いものの指揮者との相性で拍手が鳴りやまない程の良い演奏になったり、はたまたその逆が起こったりがあります。
トリノで勉強していた私の身近に常にありながら、私の憧れでもありました。
オーディション情報
オーディション情報は人づてに聞くこともありましたし、もちろん自分でもチェックしていました。
dbストリングスというサイトはオーディションだけでなく毎日様々な音楽のニュースの更新を行っているのでそこでチェックをしています。
その他にもmuvacというサイトもスカラ座アカデミーにいた時に友達に勧められました。
こちらのサイトでは登録をして自分のプロフィールを記入し、それが履歴書として使えたりします。
イタリアに限らず(むしろイタリアのオケはこのサイトであまり募集を出さない)世界中のオケのオーディション情報が見れて、申し込みもサイトで完了出来るので一度登録していると応募も楽になります。
RAIに関しては勿論ネットでの情報以外に先生や友達からもあった事、特に友達や共演者の方から「RAI受けなよ」というひと押しがあった事でぎりぎりになって申し込みをすることとなりました。
オーディションシステム
イタリアではオケスタのレパートリー、審査の方法、申し込みの仕方や応募条件等日本と異なります。
また、オーディションにも二つ種類があり、コンクール(concorso)と呼ばれるオーディションが正団員を採用するもので、オーディション(audizione)はエキストラを採用するものです。
日本の場合オケの関係者のツテや、オーディションで合格できなかったけれど評価の高かった人がエキストラに呼ばれるのですが、エキストラに関しても公募するのは仕事のチャンスを狙っている人には有難いことだと思います。
応募者の数も全体的に日本より多く、私が受けたRAIのオーディションに至っては500人近くの応募者がありました。
1.応募条件・書類提出
イタリアの大抵のオケのオーディションのだと応募条件がこのようになっています。
その他オケによって条件は異なりますが、少なくともこれらは問われます。
選挙権に関しては特に書類提出時に何か提出する事はほぼありません。
それにこの項目に関しては外国人は当てはまらないので私はよくわかりません。
一部のオケはEU外の国籍の人はそもそもオーディションが受けられない所もありますが、グローバル化が進んでいる現在、外国人は滞在許可証を持っていれば大体受ける事が出来ます。
書類提出はどこのオケも大抵メールで受け付けています。
RAIはオケ以外にも様々な部門があるので就職試験の申し込みを受け付ける専用のサイト窓口があり、そこの入力フォームですべての書類を提出します。
提出書類は
- 身分証明書
- 音楽院や音楽大学等の卒業証明書(まだイタリアの音楽院を卒業していなかったので日本の音大の卒業証明書のイタリア語翻訳を提出)
- 経歴・アーティストプロフィール
- 滞在許可証
- 申し込み用紙(入力フォームで入力)
- 証明写真
RAIは大きい機関なので入力フォームで入力する内容が結構ありましたが、大抵のオケはこれが揃っていれば応募出来ます。
日本のオケは郵送でないと受け付けない所も未だ結構ありますが、その点ネットで申し込み出来る簡単さもあり、イタリアではオーディションの受験者が多いのかなとも思います。
2.審査員
イタリアのオケのオーディションでは必ず審査員にはオケの外部の人が必ず少なくとも一人はいます。
そして、審査員は一次から最終審査までメンバーが変わったり増えることはまずありません。
日本やドイツ、その他多くのオケは一次試験は首席奏者や常任指揮者等トップの人たちが審査し、最終審査はオケのメンバー全員で審査というシステムが普通だと思います。
法律の関係なのか、公平性を保つためか、オーディションする楽器の外部の首席奏者が審査員に加わり、オケの首席奏者、指揮者、団員の中でも審査係を引き受けた人のみが最初から最後まで審査可能です。
なので審査員の数は5人から10人程度になります。
3.試験の進行
演奏順は大抵名字のアルファベット順で決められます。
公平性を保つために特に一次の試験では大抵どこのオケもカーテン審査と言って、カーテンや仕切りが演奏者と審査員の間にあり、顔が見れないため誰が演奏しているかわからない様になっています。
オケによっては試験の後に審査員と話す時間が設けられ、講評を聞くチャンスがあります。
特にイタリアではこういった次に繋げる為の時間が設けられているオーディションもあり、良心的だと思います。
私がRAIのオーディションを受けた時の話
私が受けた時は約5年ぶりのヴァイオリンのオーディションで、募集定員は8人とオケでは異例の数の多さでした。
普通、オケの団員の募集は普通1人で、弦楽器のtutti奏者の様に数が必要な楽器はたまに2人、多くて3人取る場合もあります。
その定員の多さもあり、応募数は約500人という普通ならあり得ない数の応募がありました。
以前、室内楽の先生から、RAIのヴィオラのオーディションに300人が応募したと聞いて、冗談で言っているのかと思っていましたがイタリアのオケはオーディションをするとそれくらい応募が殺到するそうです。
日本なら多くて100人くらいで、それさえも多いと思っていたのにその数だけで気が遠くなります。
結論から言えば、私が受けた時は定員が8人だったものの、合格者はたった2人でした。
これだけの多くの応募がありながらたった2人しか合格させなかった事で周りから批判があったそうですが…狭き門に変わりはなく、この時はタイミングも運も私に味方してくれたみたいです。
1.一次試験
一次試験は大変多くの参加者がいるという事で約二週間にも及ぶ審査が行われました。
私の順番は真ん中らへんの日程の午後のグループで、私の受ける日の夜はスカラ座で演奏しなければいけなかったので、18時台のミラノ行きの電車に無事間に合いますようにと祈りながら受けた事を覚えています。
ちなみに無事にスカラ座には時間通り着きました。
課題は以下の通りで、オケスタも特別変わったものはありませんでした。
- モーツァルトのヴァイオリン協奏曲の3番から5番の任意の一曲から1,2楽章
- メンデルスゾーン、チャイコフスキー、ブラームス、シベリウスのヴァイオリン協奏曲のうち任意の1楽章
- 10曲程あるオーケストラスタディ
一次試験ではモーツァルトの1楽章の提示部(大体1分半ほど)、R.シュトラウスのドンファンの最初の1ページでした。
審査はつい立越しで審査員の姿はわかりません。
モーツァルトはオケ側が用意したピアノ伴奏者と演奏する事なり、事前のリハはなく本番で初合わせになります。
どこのオーディションと同じ感じでしたが、一つだけ独特な事がありました。
オーディション中は会場から外出を禁止されていました。
日程ごとに二つのグループに分かれて、午前のグループは午前中の全員の演奏が終わるまで外出出来ないという事です。
また、会場にいる間は携帯等連絡を取れる手段も没収されました。
審査員と連絡を取る等不正を防ぐ為だそうです。
一次の時は参加者全員の演奏が終わってから合否の結果を出すのではなく、演奏が終わったグループから順に結果を出していくスタイルでした。
オーディション参加者はRAIの専用ページから参加者全員の点数も見ることが出来ました。
点数が参加者のみとはいえ公開されるなんて恐ろしいですが…。
2.二次試験
二次に残った人数は25人程だったと思います。
人数の割合から考えると妥当ではあると思います。
一次と違って二次は3日に分かれて行われました。
1人につきの持ち時間が長くなるので人数は少ないものの時間が掛かりました。
二次試験の日は音楽院で組んでいた室内楽のホールリハだったのでそれに間に合うように終わって欲しいと祈りながら受けに行きました。
この時は長引いて結局リハには間に合いませんでした。
二次ではロマン派(モーツァルトではない課題の)うちの任意の協奏曲、ベートーヴェンの第九の二楽章の一部、シューマンの交響曲二番のスケルツォ、ヴェルディのマクベスからballabiliの二曲目が課題でした。
一次と違い携帯類の没収はありませんでした。
つい立も取り払われていました。
一度課題を全て通しで演奏し、審査員からテンポや強弱、弾き方の指定をされて弾きなおさせられました。
おそらく、弾きなおさせることで柔軟性や対応力を見ていたのだと思います。
最終試験
準備編
最終試験にはたった5人しか残りませんでした。
そもそも定員が8人なのに5人という事はもうこの5人全員取るのかなという雰囲気が周りではしていました。
二次から最終試験まで日にちが少し空いていた(約二週間程)のでその間にソロや室内楽のコンクールを受けたり、スカラ座のコンマスで師匠のマナーラ氏の元や、RAIのコンマスで元師匠のミラーニ氏の所へレッスンに行ったりしていました。
他にもその間に行われたRAIの演奏会に足を運び、審査員であり首席奏者の人にも会いに行きました。
この行動が後の最終試験での心構えとして良かったと思っています。
演奏会に行ってセカンドヴァイオリンの首席奏者のリゲッティ氏挨拶に行ったときに「二次、とても良かったから次もしっかり準備しておりてね。特にオケスタ。」という言葉で最終に受かって浮かれていた気持ちが引き締まりました。
また、元師匠ミラーニ氏(RAIのコンマス)にレッスンに行くことで、このオケはこの曲をこういう風に弾く、テンポや曲調の捉え方などヒントを貰いました。
そういった点でオーディションを受ける瞬間からでなく、イタリアに来た時から行動してきたことが私に味方してくれた気がします。
試験編
一、二次試験は放送局の練習室で行われましたが、最終試験はホールの舞台で行われました。
実質公開で行われ、団員の方やスカラ座アカデミーの友達も聴きに来ていました。
最終ではモーツァルトの協奏曲の1、2楽章、シェーンベルクの浄夜、ブルックナーの交響曲、バルトークのオーケストラのための協奏曲、ロッシーニのウィリアムテル序曲、モーツァルトのコシ・ファン・トゥッテの2幕から指定された部分でした。
二次と同じく一度通して演奏、その後オケスタはテンポや弾き方を指定され演奏しなおうスタイルで審査されました。
演奏後、別室に通されて面接を受けました。
他の4人は勿論イタリア人でなんでもない面接だったと思いますが、私はイタリア語を上手に話せないので緊張しました。
面接の内容としては、今日は上手く弾けたか、何故RAIのオケに入りたいか、将来副主席や首席のポストを目指したいか、オケは自分にとってどのような存在か等、結構色々訊かれました。
5人全員の演奏が終わったところで事務の人から、3人呼ばれ、その中に私の名前はありませんでした。
この3人は再審査に参加する事となり、モーツァルトの交響曲39番、ベートーヴェンの第九、メンデルスゾーンのイタリア等の演奏を指定されていました。
この時点で私は不合格だと思い、先生に連絡をしました。
大抵再審査に選ばれる人は高得点かつ点数が近い人が選ばれるのが普通です。
元師匠でRAIのコンマスのミラーニ氏はこの時審査員ではなかったので見に来てはいたのですが結果は知らず、再審査が言われたときに「落ちたかもしれない」と連絡しました。
彼からは、とても良かったと思うしまだちゃんと結果が出てないから駄目だと思わないでと励まされました。
結局、最終の結果は私と、再審査を受けたうちの一人が合格となり、オーディションが終わりました。
一次から最終までとても長かったので1か月くらい掛かりました。
とても長いオーディションで、他の予定もあって受けるのを諦めようとも思った時もありましたがオーディション中にも学べた事が沢山あり、結果が云々の前に私にとって大きな糧になったと思います。